山下達郎が歌う僕らの夏の夢(サマーウォーズ ED)の歌詞ページ(ふりがな付)です。歌い出し「あの丘の向こうに 僕らの夏がある 変わらないもの 美しいもの すべてそこにある…」無料歌詞検索、音楽情報サイ ... 『YOUR EYES』は1982年に発売したアルバム「FOR YOU」に入っている全編英語詞のうっとりするようなラブソングです。, 実は、元々は妻の歌手・竹内まりやさんへの楽曲提供で作成した曲でしたが、諸事情により実現せず、事実上セルフカバーする形で歌うことになったのです。, しかし、それから31年の時を経て竹内まりやさんが『YOUR EYES』をリリースすることになり注目を集めました。, また2008年には、山下達郎さんと竹内まりあさんが夫婦で歌うデュエットソング『Let it Be Me』が、竹内まりやさんのコンプリート・ベスト・アルバム『Expressions』に収録され、大きな話題を呼びました。. 英検二次試験の受験票に顔写真を貼らなければいけないみたいなのですが、これは証明写真などじゃないといけないのでしょうか? 教えて下さると嬉しいです。 山下達郎が歌うRIDE ON TIMEの歌詞ページ(ふりがな付)です。歌い出し「青い水平線を いま駆け抜けてく とぎすまされた 時の流れ感じて Ah…」無料歌詞検索、音楽情報サイトUtaTenでは山下 ... 30年以上前の楽曲とは思えないほどのクオリティの高さが、今もなおファンの間でも人気の秘密です。, 特にギターのカッティング技術は抜群で、そこに山下達郎さんのキレのある歌声が乗ることで、色褪せることのない名曲になっています。. ベストアンサー:※竹内まりやさん - 今夜はHearty Party https://www.youtube.com/watch?v=cSUj8P9oNws 木村拓哉さん参加 ※... ベストアンサー:youtubeにある蒼氓は、ゴスペラーズの黒沢さんがMCをしていたラジオのコーナー内で、ピアノを伴奏に歌っているものだと思います。なので、あれはラジオ音源で、ライブ... 英検3級の二次試験の時に分からない問題があったら分からないですと言ってもいいんでしょうか?言ってはいけない場合どうすればいいんでしょうか?, アラフェス2020についてです。part1、part2とありますが、歌う曲はそれぞれ違いますか?. どなたかご教示お願い致します。, https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13164955228, https://www.youtube.com/watch?v=Bc3m9shdXgo&feature=share. 英語(日本語訳)の質問です。 最高の選曲と、最高な音質でお届けする」ことをモットーに放送されている55分番組。, 自身がミュージシャンである関係で自身や竹内まりや、あるいはミュージシャン仲間の曲がオンエアされることもあるが、基本的には山下の音楽ルーツである1950-60年代のオールディーズを中心に、リスナーからのリクエストとお便りで構成されている[注 2]。放送時の音質にこだわり、自宅で所有のレコードをオンエアに適した音質に調整し直したものを放送している。, 通常「テーマ特集」(後述の放談シリーズも含む)については前・後編の2週をひとくくりとすることが多いが、まれに1週だけ、あるいは3週以上にまたぐ場合もある[注 18]。, 洋・邦問わず、自らの音楽に影響を与えた人物の訃報に際しては、シンガー、ソングライター、アレンジャー、ミュージシャンに限らず、急遽「追悼特集」が組まれることがある(例:2006年11月26日放送、「元・KBC九州朝日放送ディレクター岸川均氏 追悼特集」)。, 2012年7月1日、7月15日の放送では、山下が10代の頃に最も感銘を受けた作家レイ・ブラッドベリが6月20日に死去したことに伴い、ブラッドベリの作品に影響を受けた音楽家の楽曲、あるいはブラッドベリ作品をイメージした作品を前半は洋楽、後半は邦楽とに分けて紹介した[注 21]。また、個人的に親しかった、あるいは1ファンとして特に山下の音楽活動に多大なる影響を与えた音楽家をテーマにして取り上げる場合には、「私家版」のテーマをつける場合、あるいは途中のDJ・MCパートなしで数曲をまとめてノンストップメドレーでかける放送も行われている。過去に2003年のジェームス・ブラウン、2010年のテディ・ペンダーグラス、2017年のチャック・ベリー、2018年のアレサ・フランクリンの4 人が、「〇〇追悼特集・ノンストップ〇〇」のテーマで放送された。, このほか、スケジュールの都合でまとまった特集ができない場合は、「○○の追悼で棚からひとつかみ」というテーマでオンエアされることもある。, 原則として毎年8月と12月の末尾2週[注 22]には、「納涼夫婦放談」「年忘れ夫婦放談」と題して妻の竹内まりやをゲストに迎えて、竹内が選んだハガキを読み上げながら2人で番組を進行する。, 番組開始当初から竹内は不定期に出演していたが、開始当初は「ゲストコーナー」、年末スペシャルゲスト的な扱いだった。1997年12月21日放送(273回)の「年忘れ夫婦放談」で初めて「放談」のタイトルが使用されたが、その後もサブタイトルは「夫婦対談」「竹内まりやさんをゲストに迎えて」など流動的に変わり、現在のように定着したのは1999年8月22日放送(360回)の「納涼夫婦放談その1」から。, 竹内が定期的に出演する唯一の番組で、自身の近況だけでなく「竹内まりやによる野原しんのすけの真似」(2008年12月21日放送、846回「年忘れ夫婦放談その2」)のような内容も含まれる。こうした「日常的でたわいもない話」を番組内では「薄い内容」と話している。, この特集では、竹内が音楽仲間のライブにゲスト出演したときの音源や、自宅スタジオでこの放送のために録音された、洋楽カヴァー(洋楽カラオケを使用したものや、センチメンタル・シティ・ロマンス、BOXがバックを務めたものなど)や他人の提供曲のセルフ・カヴァーなどの「未発表音源」「レア音源」がオンエアされることがある。「納涼夫婦放談」の番組最後のナンバーとして、前編には山下・竹内のデュエットによる「Summer Vacation」[注 23]、後編には山下の「さよなら夏の日」が選曲されるのが恒例になっている。「年忘れ夫婦放談」は原則12月末尾2週の放送だが、まれに第2・3週の放送、あるいは12月が5週ある場合の第3・4週の放送となる場合は、最終週の放送も竹内が引き続きゲストとなる(内容は通常のリクエスト特集)場合がある。また、クリスマス直近の放送回では、山下の「クリスマス・イブ」と竹内の「素敵なホリデイ」に多数のリクエストが寄せられ、ほぼ毎年の様に放送される。, 山下が「公だから」という理由で「竹内まりやさんをゲストにお迎えして」と敬称を付けて紹介し、番組中は「あぁた(あなた)」と呼ぶのに対して、竹内は「達郎」、「たっつぁん」と日常的な呼び名を通している。, 2011年2月27日には、2010年12月3-4日(日本武道館)、12月21-22日(大阪城ホール)に行なわれた竹内のスペシャル・ライブ「TOKYO FM/FM OSAKA 開局40周年記念スペシャル『Souvenir again』 竹内まりや LIVE 2010」を振り返る、960回「夫婦放談番外編」が放送された。, 竹内の新作アルバムの発売に際しては、「夫婦放談」の形式で2週にわたって発売記念の特集が組まれる。この時には山下のアルバム特集同様に、個々の収録曲について解説が挿まれる。2014年は8月24日と8月31日の前後編で、竹内の7年ぶりのアルバム『TRAD』の楽曲解説を中心とした特集が2週間の予定で組まれたが、リスナーからのハガキが紹介できなかったためという理由で9月7日に「延長戦」という位置づけで放送が行われた[注 24]。, この特集の締めは、誕生日メッセージ代読の「皆さんおめでとうございます」、及び最後の挨拶「さようなら」の部分だけ、声を揃えて言うのが通例になっているが、年忘れ夫婦放談の1週目は「メリークリスマス」、年内最後の放送となる2週目は「よいお年を」[注 25]にそれぞれ変わる。, 毎年1月の第1・2週、大瀧詠一をゲストに迎えて行なわれる対談で、タイトルはTBS「時事放談」からの拝借[注 26]。共通の話題である1950〜60年代の英米日の音楽、映画、落語、相撲、そして無類の長嶋ファンである大瀧ならではの野球に関する話やマイ・ブームに関する話が展開された。この番組での第1回は『サタソン』時代の1993年1月2日(第14回放送)である。元々、大瀧とのセッションや対談はこの番組がスタートではなく、1981年8月にNHK-FMの夏休み特別番組として放送された『サウンド・オブ・ポップス』最終日に行われたライブセッションである。, その後1984年1月12日、同局で放送された『サウンドストリート(サンスト)』(山下は1983年4月から1986年3月まで、毎週木曜日担当)で初めて「新春放談」のタイトルで対談が放送され、以後山下の出演番組での正月恒例企画として定着、山下の番組降板後も佐野元春の『サンスト』(1987年)や音楽評論家・萩原健太のラジオ番組『ミュージック・シティ』(NHK-FM、1988年-90年)、山下が月2回パーソナリティを務めた『プレミア3』(TOKYO FM、1990年-92年)で継続された。こうした経緯から、1994年にはこの番組での2年目にも関わらず「新春放談10周年」とサブタイトルが付けられている。ただ、特別な企画がある訳ではなく、内容は一切変わっていない。, 一般リスナーは基本的に大瀧の前年の動向を知ったり、声を聞くことが出来るのはこのコーナーのみで、山下本人ですら大瀧の活動を完全に把握しているわけではなく、「最近はどうしているのか」という質問からスタートしていた。このプログラムでかけられる音源は、大瀧自身の持ち込みである場合も少なくない(洋楽以外に、大瀧自身の曲や提供曲、プロデュース作品のバージョン違いなどで、時には「未発表音源」という場合もある)。, 2011年12月18日の放送で2012年は「諸事情により行わない」ことが発表され、この企画は26年で休止することになった。その後、山下のオフィシャル・サイトの2012年12月23日の更新で、新春放談の終了が発表された[8]。その理由として「時代的な役割を全うし得たと思えますので」としており、放送20周年、自身の60歳という節目で、本来の純粋な「音楽番組」として、今後も長く番組を継続するために、番組構成をスリム化・整理する意味合いであることを明らかにしており、2013年1月6日放送では「震災を経て、思うところもあった」と、心境の変化があった事も語っている。一方で、「大瀧詠一さんと不仲とか、そういう理由ではありません。念のため」と不仲説を否定し、「大瀧さんにはまた違う形でご登場願う予定でおります」と再登場も示唆していたが、2013年12月30日に大瀧が急死したため[9]、2011年1月2日・9日放送が、最後の登場となった。2012年度からは「新春放談」が終了したため、この年から正月の数回の放送も「新春リクエスト大会」になることが多い。, 2020年からは、新たなゲストに宮治淳一を迎えて「新春放談」が9年ぶりに再開された。, ただし、リクエストされた曲のレコードを持っていない場合には、友人から借りている。また「モータウン特集」といった、ある程度まとまった特集では、音楽評論家の渡辺亨が協力している場合がある。, サタデー・ソングブック時代は番組名にスポンサー名は冠していなかったが、オープニングでは「JACCSカード サタデー・ソングブック」とタイトルコールがあった, これはそれまでこの枠が局によって編成が自由に出来る枠だった為。当時のJFN33局中7局で時差ネットが行われたが、このうち, これらのジングルは2008年ごろから流れはじめ、JFN共通ジングル枠設定後もしばらくは、時報直後からタイトルコールが流れ始めていた時期があった。, 38局になったのは2003年4月以降で、それ以前は系列局の開局や加盟状況により変動があった。, コンサートやレコーディングなどのスケジュールが立て込んで、オンエアに近い日に収録ができない場合には「前倒しで録音しておりますので」との断りが入る。, JACCSカードがスポンサーだったとき、およびTSUTAYA/JA共済の2社提供になってからの, 『Mariya’s Songbook』特集(2013年12月1・8日に前・後編)と「夫婦放談」(同12月22・29日に前・後編)の谷間の週・2013年, この放送では、2010年10月31日に日本武道館で開催された「WARNER MUSIC JAPAN 40th Anniversary〜100年MUSIC FESTIVAL〜」出演時の「, 特集する音楽家の楽曲が多いと、当初の予定していた週で収まり切れなくなり、更に延長戦的に1-2週追加する場合もまれにある。2015年3月に放送された「, 本来は7月1日の1回完結で、7月15日から「納涼リクエスト」に入るつもりだったが、この時は例年に比べ「, 2018年年末は、前述のとおり3週に拡大したため、「…セイム・チャンネルで、皆さんごきげんよう」の後は、1週目が「, 「近いうちに大瀧詠一さん追悼の番組を企画する予定でありますが、大瀧さんが亡くなってから後ですね、番組宛に“早く追悼特集をやれ”とかですね、“大瀧さん追悼はあまり誰も知らないレアなアイテムをかけろ”、あるいは“最低でも半年は放送するべき”という意見のハガキが少なからず舞い込んでおります。また, 震災一周年当日の放送で、発生時に被る時間帯であることや、放送時には国立劇場での政府主催追悼式をはじめ、各地で追悼行事が予定されていたため、山下からは「番組を休止して、JFN全国ネットの特別番組を編成すべきでは?」と進言したが、TOKYO FM側の要請もあり「特別プログラム」の放送となった。担当, 『ぴあ 特別編集版 山下達郎 "超" 大特集!』 贈呈式には本人に代わって事務所社長の小杉理宇造が出席し、本人のメッセージを代読した。また、この中で出演者賞の賞金(10万円)については震災復興のためとして、全額日本赤十字社へ寄付する事が発表された。, この日の放送が第1100回にあたったが、当初から1100回記念の特集は計画しておらず、「棚つか」を放送する予定だったのを急きょ変更されたものである。, SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition-, 山下達郎『サンデー・ソングブック』1200回記念「リクエスト専用ハガキ&タツロー君切手」プレゼント, “山下達郎「今、一番必要なのは団結」 ラジオを初めてテレワーク収録 リクエストもハガキからメールに”, https://hochi.news/articles/20200412-OHT1T50115.html, ワーナーミュージックジャパン・山下達郎「『山下達郎 “夜の”サンデー・ソングブック~珍盤奇盤 R-18~』放送決定!」, https://web.archive.org/web/20140101222109/http://daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/12/31/0006607790.shtml, TOKYO FMの番組『山下達郎のサンデー・ソングブック』が第38回放送文化基金賞「ラジオ番組 優秀賞」受賞 同番組パーソナリティー・山下達郎氏が個別部門「出演者賞」受賞, サンソンリスナーに25年の感謝を込めて・・・『山下達郎のサンデー・ソングブック』25周年記念スペシャル・ライブ&トークショーの模様をオンエア!, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=山下達郎のサンデー・ソングブック&oldid=79794434, オープニング:山下達郎「ONLY WITH YOU(INSTRUMENTAL VERSION)」, 1994年4月から。「サタデー・ソングブック」時代はローカル編成のために未ネット。, 本番組の関連番組として、日曜 14:55 - 15:00 に自社制作で『SUNDAY MUSIC BOOK~山下達郎セレクション~』(, 4月2日、「チャック・ベリー追悼~NON-STOP Chuck Berry~」から、新たにパーティシペーション扱いで呉工業が協賛し、実質3社提供となった。なおJXグループは, 4月1日、JXTGグループがスポンサー降板(直前番組『DREAMS COME TRUE 中村正人のENERGY for ALL』に移動)。, 7月7日、山下の体調不良から2016年10月2日の放送に引き続き、「雨傘プログラム・日曜で棚からひとつかみ Part2」が放送された(2016年10月のものとは別内容)。, 7月14日、山下が気管支炎を患い、一定期間の休養が必要となったことから、番組史上初となる、ピンチヒッターによる番組進行となった。冒頭で山下が前回の雨傘プログラムと今回ピンチヒッター起用に至った経緯を説明したコメントが放送され、当日のピンチヒッターとなる, 7月21日・28日、山下が休養から復帰したが、宮治がピンチヒッター担当時に放送した「『ワーナー・ポップ・ロック・ナゲッツ』特集」が1回の放送では収まりきらないという理由で、引き続き宮治をゲストに迎えて放送を行った。, 1月5日、12日、昨年7月に山下のピンチヒッターを務めた宮治淳一をゲストに迎え、「新春放談」が9年ぶりに復活。, 4月5日、楽天カードがメイン・スポンサーとなり、番組名が『山下達郎の楽天カード サンデー・ソングブック』に変更され、4年ぶりにメイン・スポンサーが付くことになる, オープニング・テーマ「ONLY WITH YOU」のインストが流れ、出だしから8小節終わったところで「皆さんこんにちは、ご機嫌いかがでしょうか。山下達郎です。毎週日曜日の午後2時からの55分間は私、山下達郎がお送りいたします、『[冠スポンサーがある場合その企業名] サンデー・ソングブック』の時間であります, CM明け、楽曲からスタート。曲紹介の後、リスナーからのはがきを紹介。再び楽曲の後、トークの間にハガキの紹介を挟みながら、2、3曲程度オンエア。, CMに入る前に『お知らせの前に、もう1曲』と、リクエストのハガキを読んで1曲オンエア。本人の一人アカペラとシャーリーによる「[冠スポンサーがある場合その企業名] Sunday SongBook, 14:28頃、CM明けの「山下達郎がお送りいたしております、『サンデー・ソングブック』, 14:40頃、「といったところで、今日はこの辺で」という言葉でその日の特集を一旦締める。それから2枚程度ハガキを読むこともある。時々、『今日一番ウケたヤツ』と称して山下が気に入った内容のハガキを読むことがある。最後に山下達郎(8月最終週は「, CM明けの「お送り致してまいりました『山下達郎 サンデー・ソングブック』」に続けて今日のまとめと来週の予告をコメントした後、エンディング・テーマ曲「Groovin'」をバックに「『山下達郎 サンデー・ソングブック』、来週もセイム・タイム、セイム・チャンネルで、皆さんごきげんよう、さようなら」とのコメントで締められる。続けて女性ナレーターが「山下達郎 サンデー・ソングブック」とコールした後スポンサーの, 「山下自身が保有するレコード棚の中からアトランダムにオンエア」される通称「棚つか」。このプログラムの中でも曲と曲の間に、リスナーからのハガキが紹介される。またリクエストを加えて「棚つか+リクエスト」となる場合や、まとまった特集を組むほどではない場合は、テーマを決めて「○○で棚からひとつかみ」(特定のアーティストやジャンル、あるいは「ライブで〜」、放送1000回記念の「『1000』にちなんだ曲で〜」など)となる場合も少なくない。, また、イギリスのリイシュー専門レーベルからのコンピレーションや国内各社からの紙ジャケット仕様でのオールディーズの再発はその都度オンエアされる。また、自身が所属している, 「オールリクエスト」「年度末リクエスト」など、リスナーから寄せられたリクエストに応えながらハガキを紹介していく。年間を通じて、7月後半2週間と8月前半2週間の4週間を使っての「納涼リクエスト大会」、12月前半2週間の「年忘れリクエスト大会」、あるいは1月の「新春リクエスト特集」がある。ただ、リクエスト大会を始めるといつも以上にハガキが数多く寄せられるため、その分を「棚からひとつかみ」と合わせて「棚つか+リクエスト」とすることも少なくない。また、1つのテーマで「○○でリクエスト」あるいは「リクエスト特集・○○編」として組まれる場合もある。そのほか、スペシャル・ウィーク期間には山下・竹内の曲に限定し、大切な人へのメッセージを添えてリクエストを寄せてもらう「山下家の歌の贈りもの〜山下家の曲をあの人にプレゼント」(1011回、, 2013年度は9-12月に自身のコンサートツアー「山下達郎 PERFORMANCE 2013」の公演日程, 通称「ベタリク」。誰でも知っている曲へのリクエストに応える、通常のプログラムでは絶対にありえない特集。, 通称「わがリク」。自身のライヴ音源や未発表テイクなどに関するリスナーからのわがまま、無理難題なリクエストに応える。, 3月のひな祭り前後には「ガールシンガー・ガールグループ特集」が恒例になっている(当然ながら、毎回必ず, ツアー中など、リクエストハガキをチェックする時間がとれない時期に特定の作曲家・作詞家・歌手・アレンジャー・シンガーソングライターごとの特集や、特定のカテゴリーによる特集(「スイート・ソウル特集」、「, 前半では山下自身が日常的に心の平安に役立てているオールディーズ・ナンバーから4曲が選曲され、曲間には実際に被災したリスナーや震災に関わるエピソードの投稿ハガキを紹介。後半は山下のライブ1曲(2003年3月21日に行われた『放送10周年記念アコースティック・ライブ』時の「蒼氓」)と、この放送のために新録された「希望という名の光〜2012 ACOUSTIC VERSION」がオンエアされた。午後2時46分の震災発生時刻に1分間の黙祷(黙祷の間は当然無音となるため、放送事故対策で鐘の音が挿入された。)のあと、竹内の「いのちの歌(PIANO & VOCAL VERSION)」をバックにエンディングとしている(誕生日メッセージ紹介は放送内容を考慮し休止)。なおこの放送に限り、CMは開始時の提供クレジット直後と挨拶の直後にのみ挿入され、番組中盤とエンディングではカットされている。, 関係者、番組企画のものを除いて、邦楽や最近の曲は原則オンエアされないが、山下自身や, 従来から1950-70年代のロック、R&B、ポップスなどへのリクエストがその中心だが、竹内まりやの, リスナーからのはがきは原則として、ペンネームやラジオネームは受け付けない方針だが2012年2月、聴取率週間のリクエスト企画「山下家の歌の贈りもの〜山下家の曲をあの人にプレゼント」で、初めてメールでのリクエストを試験的に採用した。これは「企画の内容的に老若男女から広く募りたい」という事で踏み切ったものだが、今後も特集内容によっては取り入れたい、と語っている。尚、2015年6月21日放送分では、メールでのリクエスト特集ということで、ラジオネームでの投稿採用があった。またプライバシーに配慮してフルネームでの放送を控えて、下の名前だけ述べる場合、あるいは難読漢字の氏名に振り仮名を書かずに投稿した人もいる(特に誕生日祝福の代読コーナーに多い)ため「振り仮名を振ってください」とコメントする場合もまれにだがある。, 過去に時代の流れということで、本人は一度Eメールなどでの投稿も受け付けようかと発言したところ、予想以上の反対意見が寄せられた経緯がある。, その後、2014年4月1日付で消費税が8%に引き上げられるために、郵便料金が値上げされることを受けて「少し経済的な問題を考えると、電子メールも導入したほうがいいかなと思いますが」ということでリスナーからの投書を募集するとした。そこでもやはりはがきにしたほうが全部目をとおし、お便り紹介ができるが、メールだと応募される人数が増えるため、人任せになってしまうとする意見も多くあったが、メール導入については引き続き意見を聞くとしている。, 寄せられた葉書や手紙は全て山下本人(竹内が出演する時は竹内も読んでいる)が自宅で目を通し、収録日には番組で紹介するハガキを紙袋に入れて持ってくるという。, 2007年時点で、一週間に届く葉書の数は「うん百枚」とのこと(2007年放送の山下達郎の発言による)。, 2020年4月12日放送分からは先述の通りスタッフ全員が自宅での作業による番組制作に変更され、ハガキの宛先となっている半蔵門のTOKYO FM本社に出向いてハガキを確認することが出来なくなるため、一時的にハガキの受付を中止してメールによる投稿を行うように呼びかけていた。TOKYO FMのスタジオからの収録を再開したあとも、ハガキと並行してメールによる投稿も受け付けている。, メールによる投稿は当初、TOKYO FMのメールアドレスを使用して投稿を受け付けていたが、メール投稿を解禁したことに伴い、これまで以上にメッセージが大量に寄せられており、一通一通内容を確認する山下の負担になっていたことから、2020年5月3日放送分からはTOKYO FMのサイトに設けられたメールフォームからの受付に変更された。, リクエストに関しても特徴があり、同じ日の放送で「ある曲に偏って大勢の組織票のようなリクエストをいただくことがある」と話しているほか、同, 同じ楽曲のリクエストが被ることも少なくなく、別のリスナーがそれに応募したケースも少なくない(2013年7月28日「納涼リクエスト大会・その4」)。, また、基本的に山下・竹内夫妻に関連する楽曲を除き、たいていは同一楽曲の放送は(棚つか、リクエストを通して)年1回に事実上制限しており、「しつこ」で同じ楽曲にリクエストされても、その年度に関してはかかることがないと話している(放送日・テーマ同上)。, 番組のエンディングの「さようなら」の前には、リスナーから寄せられた、その放送日近辺で誕生日(投稿者本人だけでなく、家族・親族・親戚らの誕生日についても)や記念日(結婚記念日や還暦・古希・喜寿などの長寿祝い)を迎えた相手へのメッセージを読み上げる(例、「○○市の××さんから、▲▲さんへ、12月15日ハッピーバースデイ」)。ただし、「新春放談」の回では、話を少しでも長くオンエアするために割愛された。, 山下のオフィシャル・サイトの2012年12月23日分の更新で「もともと自然発生的に始まったものでしたが、近年はご要望が増えすぎて対応しきれなくなりました」と、放送20周年、自身の60歳という節目で、本来の「音楽番組」として、今後も長く継続させていくため、番組構成をスリム化・整理する意味合いから「誕生日・結婚記念日メッセージ代読コーナー」を2013年3月いっぱいで終了することが発表された, このコーナー終了発表後、リスナーから「止めないでくれ」「さみしい」といったハガキが多く寄せられたため、, 音楽とは関係ないことや、素朴な疑問、山下(あるいは山下家)のプライベートに関する質問など、全くどうでもいい内容のハガキに対して山下は、「そんなこと聞いてどうするんだ!
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